ホンダF1第一期初優勝からの苦悩・・・「ホンダ・RA273」リッチー・ギンサー/ロニー・バックナム/ジョン・サーティース(1966~1967年)

前年1965年に、シャシーもエンジンも自社製作の結果、
ホンダは初優勝を成し遂げました。
そのマシンの名は、「ホンダ・RA272」。
以下で、記事にさせていただきました。
http://bkyugourmet.blog7.fc2.com/blog-entry-3737.html

そして、この年1966年には、エンジン規定が大きく変更され、
排気量が1500から3000ccに拡大されることになったんですね。

ホンダはそのエンジン開発が非常に遅れました。
その結果、今回ご紹介するRA273が投入されたのが、
中盤過ぎたイタリアGPからとなったわけです。

こちらがそのマシン。
HONDA第一期初優勝からの苦悩・・・「ホンダ・RA273」リッチー・ギンサー/ロニー・バックナム/ジョン・サーティース(1966~1967年)

新設計されたV型12気筒DOHCエンジンは、さすがにホンダが製作しただけあって、
他チームのエンジンパワーを軽く圧倒、400馬力以上を叩きだしたのである。

しかし、その反面、その重量は規定最低重量を150㎏もオーバー。
そのエンジンパワーを全く生かせない結果に・・・

このマシンは1967年の中盤、ドイツGPまで使用されたのですが、
1967年の開幕戦南アフリカGPで、3位表彰台にのるのがやっと・・・
リタイヤも多い、駄作マシンでした。

私が生まれてもいない時代ですので、個人的な見解はありません。
さて、その次のマシン(RA300)で、いかに改良されてきたのか?
またおいおい、このブログで、土曜更新しますね。

↓お勧めリンク↓

全国B級グルメツーリング
[ 2016/01/23 00:00 ] [車・F1]F1 | TB(0) | CM(-)

ホンダ RA272[Honda](1965年)リッチー・ギンサー/ロニー・バックナム

こちらのマシンもまだ私が生まれていない頃の話で、
さすがに思い入れなんてもんはありません。
ホンダが初優勝をしたマシンという印象だけです。
なので簡単にながします。


ホンダホンダRA272 メキシコGP 1965 No.11

ホンダはこの年、2年目のF1参戦やったんですけど、
エンジンはこの当時から超一流のエンジンを作っていました。
なんと14000回転まで回すことができる高出力エンジンは、
1960年代では相当な回転数を誇るエンジンだったのである。
加速ではどのマシンにも負けなかったみたいですね。

ホンダ RA272[Honda](1965年)リッチー・ギンサー/ロニー・バックナム

しかし、どうしてもシャシーの制作は他チームより遅れをとっており、
車重も重いマシンで信頼性も欠けていたのだが、
シーズン中盤、第7戦ドイツGPを欠場してまで、マシンの大改良を施すのである。

その結果、最終戦メキシコGPで初優勝。
ホンダのF1挑戦のレジェンドはここから始まったのだ。

ホンダ RA272[Honda](1965年)リッチー・ギンサー/ロニー・バックナム

私がホンダの圧倒的な強さを目にしたのは、1987年、1988年。
この当時、エンジンメーカーとしての参戦でしたが、
F1は2014年からのエンジン規定の改定で、その当時のV6ターボに変わります。
ホンダの首脳部もF1への復帰をほのめかしているので、
なんとかなんないかな~
ドライバーは琢磨と可夢偉なんて、理想的ですが(^^)
[ 2012/10/22 12:00 ] [車・F1]F1 | TB(0) | CM(-)

ホンダ・RA300(1967~68年)ジョン・サーティース

はっきり言って、この当時、私はまだ生まれておらず、
当然のことながら、このマシンが走ったレースは、
往年のF1名場面シーン程度でしか見たことがない。

なので、そんな思い入れなんてあるわけなく、さらっと流します。
ホンダ・RA300です。


【EBBRO/エブロ】(1/43)ホンダ RA300 1968 南アフリカGP

ホンダがF1に参戦した当初は、シャシーもエンジンも両方製作していた。
この年のマシンは、重量が非常に重く、トップ争いなんぞほど遠い状態。
その打開策として1967年シーズン中盤に突貫作業で作られたのがこのRA300である。

このシャシーはホンダ純正のシャシーではなく、
イギリスのシャシー製作会社ローラとの共同開発で製作された。
ローラのファクトリーで製作されたので「ホンドーラ Hondola」と揶揄される結果に。
しかし、徹底したマシンの軽量化に成功し、デビュー戦イタリアGPで優勝するのである。

ホンダ・RA300(1967~68年)ジョン・サーティース

見ての通り、ウィングなんてない時代。
ダウンフォースがどうこうなんて、全く考えられていなかった時代ですね。
私が物心ついた時に一番印象的なマシンがタイレル(ティレル)P34。


【フジミ 1/20 ティレルP34 1977 アメリカGP #3 ロニー・ピーターソン】

ちょうどスーパーカーブームやった頃でしたが、
この六輪マシンの消しゴム手に入れるのに苦労した思い出ありますね(^^)

話それちゃいましたが、ホンダ第1期の名車として、
私の脳にはインプットされていますよ♪
[ 2012/10/13 12:00 ] [車・F1]F1 | TB(0) | CM(-)