ホンダ第一期悲劇の事故死を生み出したRA302の前型「HONDA RA301」ジョン・サーティース(1968年)

ホンダ第一期のF1マシン特集はこれで最後となります。
1968年のこのマシンですが、無冠の最強マシンと呼ばれていますね。
「HONDA RA301」を今回、ご紹介いたします。

ホンダ第一期悲劇の事故死を生み出したRA302の前型「HONDA RA301」ジョン・サーティース(1968年)

このマシンの形状を見て分かるとおり、シャシーが非常に工夫されています。
フロント部分の形状と、背の高いリアウィング。
空力としては、非常に革新的なマシンでした。

しかし、このシャシーはホンダの製作ではありません。
前年度と同じく、イギリスのシャシー会社「ローラ」製作です。
ですので、海外ではローラ・ホンダT180とも呼ばれております。

しかし、このマシンは非常に速かったんですよね。
シーズン前は、この年のチャンピオン候補にもなったくらいです。
しかしマシントラブルによるリタイヤが多く、
ポール1回、決勝最高2位という結果でした。

ただ、この次のRA302(シャシーも自社制作できてました)は、
既に開発されて実戦投入できる状態でした。
しかし、安全面での問題から、当時のレース監督「中村良夫」は、
このマシンを走らせることを拒否するんですよ。
しかし、ホンダ・フランスの政治的な圧力により、
結局このマシンは走らせることになります。
ドライバーは、フランス人のジョー・シュレッサー。

しかし、マシンはコントロールを失い、スピンアウト。
マシンは炎上して、ジョー・シュレッサーは帰らぬ人となります。

この事故の影響もあってか、ホンダはこの年でF1から撤退。
シャシー製作も含めたホンダの挑戦は、2006年まで期間が開くこととなります。

↓お勧めリンク↓

全国B級グルメツーリング
[ 2016/02/27 00:00 ] [車・F1]F1 | TB(0) | CM(-)