F1史上最強のマシンでありセナの初チャンピオンカー マクラーレン・ホンダMP4/4(1988年)アイルトン・セナ/アラン・プロスト

1988年・・・私がF1を見始めて2年目やったんですけど、
この年のレースほど、つまんない年はなかったって印象。

私がF1を見始めたきっかけは、中嶋悟さんでしたんで、
同じホンダエンジンが載ってるとは思えないロータスに、
幻滅してたんもありました。
「ロータス・ホンダ100T」ネルソン・ピケ/中嶋 悟の記事はこちら!

そしてもう1チーム、ホンダエンジンを載せたマシンがこちらですね。
F1史上最強のマシンでありセナの初チャンピオンカー マクラーレン・ホンダMP4/4(1988年)アイルトン・セナ/アラン・プロスト

マクラーレン・ホンダMP4/4です。
私くらいの年代の方なら、別にF1は興味を持って見たことないって方でも、
このカラーリングのF1マシンは、見覚えあるはずです。

ツインリンクもてぎのホンダコレクションホールで撮影。
F1史上最強のマシンでありセナの初チャンピオンカー マクラーレン・ホンダMP4/4(1988年)アイルトン・セナ/アラン・プロスト

カウルは外されて、
カーボンモノコックシャシー剥き出しの状態で展示されていました。

しかし、まあ強かった・・・
F1史上最強のマシンでありセナの初チャンピオンカー マクラーレン・ホンダMP4/4(1988年)アイルトン・セナ/アラン・プロスト

私がF1見始めて、現代に至るまで、27年が経ちましたが、
このマシンほど、他のチームを圧倒した車は見たことないです。
全16戦中、イギリスGPを除く15回のポールポジションを獲得。
そしてイタリアGPを除く15回の勝利を2人のドライバーで獲得。
ワンツーフィニッシュは10回もあり、
獲得したコンストラクターズポイントは199点で、
2位フェラーリ(65ポイント)の3倍以上やったんです。

F1史上最強のマシンでありセナの初チャンピオンカー マクラーレン・ホンダMP4/4(1988年)アイルトン・セナ/アラン・プロスト

乗ってたドライバーが当時としては、最強コンビやったんも、
その強さの大きな要因でした。
なんせ、セナとプロストですもん。
「セナプロ対決」って言葉もよく耳にしたことありません?
翌年からは2人の大きな確執が問題となるわけですが、
この年はなんとか持ちこたえてましたんで、この結果にも繋がっています。

そしてそのセナがチャンピオン決めたのが、日本GP鈴鹿でした。
あの表彰台での姿は今でも目に焼き付いてます。
この時くらいしか印象残ってないや。

この年でターボエンジンは、レギュレーション上廃止となります。
F1史上最強のマシンでありセナの初チャンピオンカー マクラーレン・ホンダMP4/4(1988年)アイルトン・セナ/アラン・プロスト

ホンダのV6ターボも、F1史上最強エンジンと言ってええと思います。

ま、何度も言いますが、深夜のテレビを見てて、中嶋さんはリタイヤ続きやし、
レース展開は2人だけ速すぎて、あと誰もついてけないんやもん。
よ~寝落ちしてた年って記憶だけあるわ(^^)

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[ 2015/12/12 00:00 ] [車・F1]F1 | TB(0) | CM(-)

ロータス100T ホンダ[Lotus 100T](1988年)ネルソン・ピケ/中嶋 悟

中嶋悟、F1参戦2年目のマシン。
この年も最強ホンダV6ターボエンジンをのせており、
またチームメイトには、前年チャンピオンのネルソン・ピケが移籍。
1987年の車がアクティブサスペンションがうまく機能しなかったこともあり、
この年にはノーマルな、コイルスプリングとダンパーに変更している。
なので、普通に曲がる車になると思ったんですけどね。


【1/43 ロータス100T #2/1988 中嶋悟 ミニカー】京商

しかし、この当時のロータスは既に輝きを失いつつあり、
古くからの伝統のまま、チーム体制や設備が時代遅れでありました。
(その後、改善を試みようとしましたが、チームロータスは消滅します。
なお今のロータスF1チームはこの当時とは別物です)

まあ、1987年以上に全く速くなかったですね。
同じホンダエンジンを積むマクラーレンが15勝しているのに対し、
ロータスは、ピケの最高位3位がせいいっぱい。
中嶋なんて、2度も予選落ちしました。

ロータス100T ホンダ[Lotus 100T](1988年)ネルソン・ピケ/中嶋 悟

そんな中、速かったのは高速走行できるコース。
エンジン全開区間が多いところでは、中嶋も速かったです。
メキシコGPでは予選最高位の6位、そして走り慣れている鈴鹿も予選6位でした。

しかし、中嶋はその鈴鹿でスタートに失敗します。
エンジンはストールしかけるのですが、
鈴鹿のメインストレートは下り坂になっているので、
なんとかスタートできました。
(この鈴鹿GP直前に亡くなったお母さんが、
後ろから押してくれたのだというエピソードもありますね)
その後の追い上げはとてつもなかったです。

ロータス100T ホンダ[Lotus 100T](1988年)ネルソン・ピケ/中嶋 悟

しかし、前年のセナ、この年のピケと、
トップドライバーをチームメイトに持っていた中嶋ですが、
今のアロンソ、マッサ以上に腕の格差もありましたが、
チーム内での待遇も格差ありましたね。
前年以上の成績を期待していた私にはがっかりの年でした。
(その分、日本では強いセナが人気になっていきましたね)
[ 2012/10/17 12:00 ] [車・F1]F1 | TB(0) | CM(-)

マクラーレン・MP4/4 ホンダ(1988年)アラン・プロスト/アイルトン・セナ

F1史上、最強のマシンではなかろうか。
1988年シーズンは、全16戦が開催されたが、
そのうちの15勝をこのマシンが勝ち取ったのである。


1/43スケール マクラーレン・ホンダ MP4/4 #12 A.セナ 1988 日本GP

この当時のF1マシンは今ほど耐久性を重視されておらず、
リタイヤするマシンも非常に多かった中、
16戦中、優勝15回、ポールポジション15回という圧倒的な強さを誇ったのは、
その信頼性が大いに発揮された結果である。

マクラーレン・MP4/4 ホンダ(1988年)アラン・プロスト/アイルトン・セナ

そして、ドライバーもプロストとセナという、
この当時、一番速く強かったドライバーがチームメイト同士。
シャシーの信頼性、ホンダエンジンのパワフルさ、
それを発揮するドライバーの能力と3拍子揃っていたのだから、
1988年のシーズンを凌駕することになるのである。

この年、セナは初のワールドチャンピオンを獲得。
マクラーレン・MP4/4 ホンダ(1988年)アラン・プロスト/アイルトン・セナ

日本でのセナ人気は、この年から爆発しましたね。
またチャンピオンを決めたのも日本グランプリ鈴鹿。
まだプロストとの確執はくすぶっていた状態であったが、
次の年には火種が轟々に燃えさかります。

マクラーレン・ホンダ=アイルトン・セナ。
赤白のマルボロマシンに、黄色のヘルメットは、
当時、あまりF1を知らなかった人間にも、よく目にした光景ではなかろうか。
まあ、見てた私としては、あまりにもマクラーレン強すぎて、
レース展開としては面白くなかったシーズンである。
[ 2012/10/14 12:00 ] [車・F1]F1 | TB(0) | CM(-)