阪神淡路大震災から20年経ちました(当時の仕事編)

昨日、以下のリンクで、震災後の日常生活編を描かせていただきました。
「阪神淡路大震災から20年経ったこの日」記事はこちら!

ま、上のリンク記事を見ての通り、住む家は無事やったんで、
全然大変ではないです。
倒れた家具類を元に直し、がらくたになったもんを処分して、
割れた窓ガラスをガムテープで補強くらいでしたもん。
それにひび割れやガラス割れは賃貸でしたので、
後々の修繕費は家主持ちでしたし。

神戸市街地 チャリンコ爆走族 ランチ・下町商店街巡り(2014年秋)3日目

問題は、4階やったっけ?
完全に潰れた旧市役所庁舎のちょうど南側にあったビル。
そこに会社の事務所があったんですね、被害のめっちゃ大きかったとこ。
まあ、社長と2人で中入った時に、絶句したと昨年書きました。
「阪神淡路大震災から19年目のこの日」の記事はこちら!

全ての物は倒れて、足の踏み場もないんですよ。
もう全く原型を留めておりません。
奥にあったこの棚がなんでここまで移動してるん?ってのが、
10m以上吹っ飛ばされて、入り口に散乱してるし・・・

神戸市街地 チャリンコ爆走族 ランチ・工場夜景巡り(2014年秋)8日目

そこで仕事をするなんて到底ムリ。
ただ、幸いなことに、県庁近くに分室って形で、
ちょっとスペース借りていたんですね。
そこは無事やったので、震災発生3日後ぐらいからやったかな?
社員総出で、チャリンコと台車使っての必要物移動作業から始めました。
(車なんて走らすような状態では、三宮、元町近辺はなかったですね)

ただ、まともに車は走れない道路状態ですから、
自転車って必要不可欠なんですよね。
すると発生するのは自転車の窃盗。
ほんとどこも売ってなくて、供給不足でした。
取引のあった運送業者も、必死に自転車で配達されてましたが、
その自転車自体を何台も盗まれたって言ってました。

そんで会社は繁忙期で、あるイベント開催直前やったんです。
結局その回は中止になりました。
準備していた印刷物等もすべておじゃん、入るべき収入がなくなったんです。
損害、借金ばかり増えた、震災の結果・・・
会社の行き着く先は目に見えてますね。
社員全員、寝る間も惜しんで働きました。
交通網なんて寸断されているので、私も毎日、自転車通勤、
遠い方は、事務所に寝泊まりして頑張りました。
しかし・・・リストラを繰り返し、結局、正社員で残ったのは、社長と私だけ。
社長は奥さんまで職場に駆り出し、私は派遣社員とアルバイトを、
計100人以上、1人で統率して、4年は頑張ったけど、心やっぱり折れた。

神戸市街地 チャリンコ爆走族 ランチ・下町商店街巡り(2014年秋)9日目

なんのために頑張ったのかね~
私は文系の大学卒で、事務畑でずっと仕事してたんですけど、
しっかりと技術系のスキルを持とうと思いました。
そうすれば、会社自体がダメでも自身の力でなんとでもなります。

まあ、そんな状態でしたので、打たれ弱い私ですけど、
多少は強くなれましたね。
人間なんとでも、生きていけるもんです。

神戸市街地 チャリンコ爆走族 ランチ・下町商店街巡り(2014年秋)10日目

というわけで、「人生気まま」ってこのブログのタイトルは、
この震災経験が大きな影響を与えています。
人間の死なんて、いつ突然訪れるかもしれない、仕事もどうなるかね。
ならば、私は、気の向くまま、スナフキンになろうかなと(^^)

この先、50年以内に日本のどこかで大地震が起きる可能性大きいですよね。
昨年も書きましたが、地震の揺れよりも怖いのは、火災に津波・・・
今一度、避難経路の確認と、実際に訓練でそこを歩いてみましょう。

過去、戦災・被災で亡くなった方々のご冥福を祈り、
また、この日本という平和な国で私は生きている感謝のもとで、
日々、自身の生活を精進していきます。
各地方も含め、日本が元気で笑顔の国でいられるよう、今年はやります!
[ 2015/01/18 00:00 ] [B級雑記]時事的出来事 | TB(0) | CM(-)

阪神淡路大震災から20年経ちました(当時の日常生活編)

20年経ったんやな~・・・
自身の体の衰えも、そりゃ結構きますよね。
もしあの地震が今起こったとしたら、頑張れるだけの自信ないかも(^^;)
若いから、がむしゃらに頑張れたとこあります。

さて、昨年、19年目の同じ日に地震発生当日の私の行動について、
記事にさせていただきました。
「阪神淡路大震災から19年目のこの日」の記事はこちら!

今回はその後の状況について書いてみたいと思います。
また文章の合間には、復興後の神戸の街並みを挟んでいきます。

阪神淡路大震災から20年経ったこの日(2014年1月17日)日常生活編

あ、その前に、地震発生当日の状況について、まず補足いたしますね。
人間生きていくために、まず、何が必要でしょうか?
とりあえず、住むところはあちこち壊れてはいるけど建ってる。
そして、着る物、体に覆うものもちゃんとある
(1月ですから外寒いですもんね)。
はい、私は「水」が必要不可欠だと考えました。

まず、電気がつかないことは、地震発生直後に、
テレビつけようとしてすぐに確認できました。
ただ、その後はまず「逃げる」ってことだけで夢中で・・・
とりあえず火災の発生を恐れて、近くの小学校に避難したのですが、
まあ私の住んでいるところは大丈夫そうってことで家に戻ります。
そして、水の確保に乗り出します。

最初に台所の蛇口を捻ってみますが、すっごい出が悪い。
こりゃもう貯水槽に溜まっている分ぐらいしか余力はないなと。
となるとできるだけ、何かに溜めておかねばならない。
それが簡単にできるのは?・・・
お風呂の浴槽です。
全開にお風呂場の蛇口を捻って溜めましたが、
浴槽半分くらいで出なくなりました。

阪神淡路大震災から19年目のこの日(2013 神戸 ルミナリエ)

次の手、外で買えるところを探します。
コンビニは100mくらいの距離にローソンがあったんですけど、
予想通り閉めてます。
あと3軒ほど走って廻ってみましたが、どこも真っ暗、鍵も閉まってる状態。
ただ、1軒、人が群がってる、個人商店があったんですよ。
慌てて中に入って確保できたんが、1.5リットルペットボトルのジュース2本。
それに菓子パンが6つくらいはいった1袋。
(ジュースはファンタオレンジとスプライトやったのを鮮明に憶えてる)
これでまあ一週間助けなくても、なんとかなるでしょ、
ってことでこの当日の話はここまで。

阪神淡路大震災から20年経ったこの日(2014年1月17日)日常生活編

けど、こんだけの大規模な災害で、政府がすぐ動かないわけない。
(といっても当時の村山首相が現地入りしたのは、2日後の19日午前11時40分でした
私の家のすぐ近く、王子公園陸上競技場に降り立ったから、よく憶えている)

うちの近所、あたり一円、水は出ませんから、
自衛隊の給水車が配給にくるんですよね。
広い公園に車を停めて、配給するので、ポリタンク持って並びましたよ。
しかし、わずかポリタンク1つの水もらうのに3時間かかりました・・・
給水車が次来るのを延々と待ちます。
すっごい無駄やな~
で、傍らにはいっぱいの毛布があるんですよね。
この近辺は倒壊した家屋もあまりないんで、毛布なんていりません。
ここで、被災地が求めるニーズと、実際何を送ったらよいのか、
需要と供給バランスについて、このあと数多く議論になりましたね。

阪神淡路大震災から20年経ったこの日(2014年1月17日)日常生活編

この当時の様子を書いた文章があったので、以下、引用させていただきます。
「自衛隊が震災で最大の人員を投入したのは、人命救出ではなく、
給水などの生活支援や倒壊家屋の処理だった。
中でも、被災者が切実に求めたのは「水」。
史上最大の活動現場には、さまざまな混乱と葛藤があった。
陸自が全国から集めた給水機材の約9割は、1トントレーラー。
本来、部隊用の給水を前提としているため、容量は小さい。
大渋滞の中、何時間かけて市民のもとにたどり着いても、
20~30分で空になる。
陸自第三特科連隊の西剛司二尉(32)は
「もっと大きな車で来られへんのか」と、何度も罵声を浴びた。
自分の水筒の水やカンパンまで、被災者に差し出した。テントも渡した。
最初の数日は車両の下などで仮眠をとった。
宿営地の確保などができなければ、「自己完結型」の活動は難しい。
隊員たちは被災者の視線という予想外の“重圧”の中、
食事やトイレもままならなかった。」
(以上、引用終わり)

阪神淡路大震災から20年経ったこの日(2014年1月17日)日常生活編

実際、ちゃんとスムーズに食料と水が配給されるまで、5日はかかりました。
まあ、私は家の備蓄在庫あったんで、困りはしませんでしたが。

そして1週間やったか10日後には、ようやく水道は復旧します。
(あ、電気は当日夜に復旧しております)。
しかし、問題はガスなんですよね。
ガス管があちこちやられていますから、ガス漏れの危険性から、
完全に止めています。
先に結論から言いますと、3ヶ月かかりました。
もう春先の4月になって、ようやく復旧です。

まず台所がガスでしたから、調理なんてもんができないです。
しかし、これはあるものですぐ代用できます。
カセットコンロがありゃなんとかなる。
しかし、問題は風呂なんですよ。
ですので、5日に1回ぐらいの銭湯通いで、
普段はカセットコンロで湧かしたお湯を洗面台に移して、
そのお湯を浸けたタオルで体拭いて、頭洗ってました。
風呂好きな私にはこれはきつかったな~寒い冬の時分でしたしね。
4月になって自宅の湯船に浸かれた時に、
こんな幸せ味わったことないって思いましたもん(^^)

ってな感じの生活を送りました。
ただ、こっちの日常生活は全然マシです。
昨年の記事で書いた、半壊状態のビルにあった会社、仕事ですね。
こちらが地獄の日々やったんですよね・・・

ってとこで長くなりましたから、明日、続き書きます。
[ 2015/01/17 00:00 ] [B級雑記]時事的出来事 | TB(0) | CM(-)

新年明けましておめでとうございます

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日本というこの国が、穏やかで平和な1年でありますように。

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[ 2015/01/01 00:08 ] [B級雑記]時事的出来事 | TB(0) | CM(-)